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耳鼻科太郎医師のインタビュー

最初に、障害の内容についてお聞きします。

先天性の両耳の感音難聴で、100デシベル以上です。身体障害者手帳は2級です。

難聴であることは、いつ分かりましたか。

当時はまだ新生児スクリーニングは普及していなかったので、難聴が確認されたのは3歳の時でした。

補聴器をつけたのは、いつからですか。

難聴であることが分かった3歳からです。

学校ではどうでしたか。

小中高では、全校集会の話は分からずに寝ていました。教室での先生の話は、一番前の席なら分かりましたが、質疑応答になると分かりませんでした。

今は補聴器をつけていますが、口元を見ないでも聞き取れるのですか。

やはり口元を見た方が良いです。見るのが80%くらいです。感音難聴の特徴は、聞き取りが悪いということで、よく間違えて発音していると言われます。

大学では、最初は臨床検査技師を目指されたのですね。

大学に入って4年間は臨床検査の勉強をし、その後、改めて医学部を目指して、浪人して別の大学の医学部に入りました。

どうして医学部に行こうと考えたのですか。

大学4年生の時に「ことばを育む会」の依頼で人生初めての講演をしました。その時は、自分の経験談だけでしたが、予想以上に質問が多くて、医学の知識をプラスして説得力のある話ができればと思い、医師を目指すことにしました。

そこからまた6年間の大学生活が始まるのですね。医学部では講義はどのように聞いていたのですか。

補聴支援システムは使用せず、いつも前から2~3番目の席で講義を頑張って聞き、分からなかったところは友人または先生に直接聞いていました

医学部のカンファレンスの際は、どうされたのですか。

耳鼻咽喉科ではノートテイク、ロジャーを使用しましたが、常に使う感じではありませんでした。聞こえなかったところは後で他の学生に教えてもらいました。何でも自分でどうにかしないといけないので、大変でした。

難聴で医学部に入ることに対して、大学側に何か配慮を求めたりしましたか。

大学に対しては、医師の免許を取れるかどうか確認しただけです。大学に入ってからも、耳が聞こえないので講義をどうして欲しいとかはお願いしませんでした。聴診器は使えないのでどうすればよいかなどは、その都度担当の人に聞いて、対策を教えてもらいました。

入学した大学には、過去に難聴の方が入学したことはあったのですか。

私が初めてだったので、大学でも色々と考えてくれたようです。ノートテイクのパソコンを貸してくれたり、補聴援助支援システムの導入についても検討してくれました。

実習では聴診器を使う機会もありますが、聴診器が使えなくても大丈夫でしたか。

心電図やエコーの画像でカバーしました。現在働いている病院の耳鼻咽喉科でも、聴診器を使うことはありません。必要なときには他の検査でカバーしています。

耳鼻咽喉科に進むことは、いつ決めたのですか。

初期研修1年目の終わり頃に決めました。それまでは小児科かと思っていました。

なぜ小児科だったのですか。

2回目の大学であり、親の経済的負担を減らすためにも奨学金を希望しました。奨学金を借りるのには、医師が不足している小児科、救急、産婦人科、麻酔科が考えられました。ただ、小児科は病院実習をする中で聴診器を使う機会が多かったので、ちょっと難しいかなと感じました。子供と接する中で、やはり自分と似たような人を助けたいという思いから、耳鼻咽喉科を目指すことにしました。

初期研修のときには、いろいろな診療科を回るので、聴診器を使う機会もあったのではないですか。

聴診器は使わなくても、超音波とかCTとかレントゲンとか問診でカバーできました。聴診器を使うことが頻繁に必要な循環器内科は、初期研修でも回りませんでした。難聴の医師の中には音を波形に変換する聴診器や補聴器に直接音を飛ばす聴診器を使っている方もいます。

そういう聴診器があるのですか。

聴診器につけて音を補聴器に飛ばすタイプのものもあります。私は耳鼻咽喉科なので無理して聴診器を使いませんが、もし循環器内科に進むなら、頑張って自分に合った聴診器を探したと思います。

手術の時はどうしていましたか。

初期研修の病院では、いろいろ対策をしてくれて、補聴援助システムのロジャーを使ったり、口元が見える透明マスクを使ってくれました。透明マスクは曇るので、手術用には向きませんでした。

補聴援助システムのロジャーについて、もう少し説明してください。

話し手にマイクロホン付きの送信機をつけてもらい、そこから補聴器に電波を飛ばします。いまの病院でも手術の際には使っています。

以前からあるものなのですか。

私が高校の頃からあると思いますが、知らない人は多いです。私も知ったのは、大学に入ってからです。

医療以外の場面で使われているものを、手術室でも使っているのですか。

そうです。勉強会の時にも使いますし、飲み会の時にも使えます。

送信機は何個ぐらい使うのですか。

手術のときには、中心となる執刀医につけてもらいます。カンファレンスのときは、3~4個をテーブルの上に置いておきます。発表する人と質問する人が使ってくれればよいのですが、使ってくださいとはなかなかお願いもできません。

耳鼻咽喉科内でカンファレンスをするときも、ロジャーを使うのですか。

使います。ちょっと聞こえないこともありますが、教えてもらったりして、多少時間はかかりますが理解できます。

患者さんとのやりとりは基本的には一対一ですが、補聴援助システムを使ったりするのですか。

使っていません。患者さんがマスクをしていると聞きとりにくいので、マスクは外してもらったり、ちょっと大きい声で話してもらったり、聞き返したり、看護師に聞いたりします。

マスクをしてくる患者さんもいますからね。

耳鼻咽喉科では口や喉の診察が多いので、何も言わなくても患者さんはマスクを外しますし、外来の看護師が同席して手伝うので、分からないときは看護師から教えてもらいます。

いま病院で使っている補聴援助システムは、病院が用意してくれたものですか。

障害者手帳を使って自分で買いましたが、頼めば病院側でも買ってくれると思います。

「合理的配慮」の一つですね。

ロジャーがあっても、医療従事者全員が理解しているわけではありません。耳鼻咽喉科の先生と病棟の看護師は分かってくれますが、他の診療科のスタッフが理解しているわけではありません。

実際に使って見せれば、知ってもらう機会にもなりますね。

そうなのでしょうが、病院は忙しくて暇がないため、そういうことを知ってもらう機会も作りにくいです。

忘年会のような仕事以外の機会に使ってみるのも良いのでは。

私は使いませんが、忘年会などで使う人もいるようです。患者さんからアドバイスを求められた場合には、こういう道具があって、こうした使い方もできると伝えています。

患者さんへの情報提供ですね。

そうです。ロジャーを作っている会社の方や、実際に利用している難聴の医師からも情報を得て、それを患者さんに伝えています。

難聴の医師の方は、耳鼻咽喉科になる方も多いのですか。

私の知っている限りでは、耳鼻咽喉科は2~3人です。それ以外は、リハビリ科とか皮膚科とかいろいろですね。

難聴の医師の方にも、聞こえ方には違いがあると思いますが、どんな方がいるのでしょうか?

私のように補聴器を使ってある程度聞こえる人のほか、補聴器を使ってもほとんど聞こえず手話を使っている人や、人工内耳を埋め込んで特段支障なく聞こえている人もいます。

人工内耳をつけると普通に聞こえるものなのですか。

人工内耳への適応があるので、人によって違います。適応が合う人では、補聴器とは比べ物にならないほどよく聞こえるようになります。

適応を確かめることが大事なのですね。

補聴器の調整を適当にしている人も多いので、まずは診察でしっかり聴力を見直すところから始めます。

正しい使われ方をしていない方も多いのですね。

私も補聴器を両耳にしたのは3年前です。それまでは片方の耳だけでした。

なぜ、片方だけだったのですか。もう一つの耳は補聴器をつけなくても聞こえていたのですか。

全く聞こえていませんでしたが、いじめに遭うから片方だけにしていたのです。周りの子供たちが興味を持って触って来るのが嫌だったので、目立たないように片方だけにしていました。今は、皆さん気にせず両耳にしています。

最近では、音楽を聴くためにコードレスイヤホンを両耳につけている人も多いので、そんなに珍しくもないですよね。

医学的にも両耳につけるのが正解なので、今は両方つけるように指導しますが、私の子供の頃は両方つける考えはあまりなかったです。

両耳に補聴器をつけてみてどうですか。

今までとは違うと感じています。試さないとわからないですが、変えてみて良かったと思います。

技術開発により、いろいろな製品も出てきているのでしょうね。

補聴器にも、騒音下で聞く場合や静かな環境下で聞く場合など、環境に応じたプログラムもあります。昔はアナログでしたが、今はデジタルで調整もいろいろとできます。

随分と聞きやすくなってきたのでしょうね。耳鼻咽喉科の医師として、より使いやすい補聴器の開発に携わることはありますか?

開発は企業がすることなので、耳鼻咽喉科の医師は開発に携わることはあまりありません。難聴の医師であれば被験者になることはあるかもしれません。

耳鼻咽喉科の医師が被験者なら、当事者の立場でもあり、専門的な意見も言えるでしょうね。ところで、携帯電話は使われていますか。

携帯電話も使いますが、周りがうるさい中では無理なので、静かなところに移動して電話します。どうしても聞こえにくい時は、メールしてもらうように伝えます。

電話が使えるなら、病院内ではピッチ(院内携帯電話)で連絡を取り合っているのですか。

ピッチも使っています。ピッチで聞こえにくい場合は、電子カルテのパソコンにメールしてもらようにします。

メールで送ってもらうことも多いのですか。

基本的にはピッチで済んでいて、メールになるのはごくわずかです。薬など間違ってはいけないものは、正確を期すためメールで送ってもらいます。聞き違いを避けるためには、復唱して確認します。

ここでやりとりしていても、普通に会話ができていますね。

分からないでしょうね。それだけに誤解されやすいのです。この部屋は静かで、一対一なので会話もしやすいですが、周りがうるさいと聞こえにくいです。人の印象は初対面で決まってしまうので、普通にしゃべれると大丈夫だと思われてしまいます。その状況がいつも同じではないのですが、なかなか分かってもらえません。

皆さんに理解してもらうには、どうしたら良いでしょうか。

自分でどうにかしなければなりません。ロジャーを使ってくださいとか、ゆっくり話してくださいとか、相手に簡単に言えるものでもありません。私たちもプライドがありますから、耳鼻咽喉科として働いていく上で最低限必要な周りの人には、しっかりと説明します。今の職場では、最初に耳鼻咽喉科の責任者の先生が、私のことをスタッフに伝えてくれたので、手術の時も看護師が色々とやってくれて、聞こえやすいようにマスクも外してくれます。そういうことは有り難いのですが、それを自分から言うのはなかなか大変なんです。

上司から言ってもらうのが一番良いのでしょうね。

自分が働いていくことで、難聴者が働きやすい病院ということになっても、別の難聴の人が医師として働く場合、同じ働き方になるわけではありません。障害者差別解消法ではこういうことが求められると言っても、なかなか難しいかもしれません。私も医師になって研修1年目は結構大変でした。ストレスも溜まるし、聞こえないもどかしさもありました。

そうした課題を乗り越えるためには、どんなことが考えられるでしょうか。

一番有難いのは音声を文字に変換するソフトですが、専門用語もあるので、医療の分野でどこまで実用的なものができるかですね。後はストレス発散することです。積極的に質問したり、自分から聞きなおすことも重要だと考えます。

医師の世界にも「働き方改革」が問われる中で、記録をつける負担を軽減するために、口頭で話したものが文字に変換できれば良いとの意見もあるので、これから実用的なものも出てくるのでしょうね。

そう願っています。

難聴の患者さんにも、同様のことが言えるのではないでしょうか。

耳鼻咽喉科医としては、耳の機能の向上のためには、できるだけ耳を使ったほうが良いという意見もあります。

診療に要する時間は、他の医師に比べて長めなのですか。

そんなに長くかかることはありません。

難聴のある医師として働いていく中で、悩んだりすることもあるかと思いますが。

病院は時間との勝負なので、普通ならもっと早くできるのにと言われたりすると、難聴のある者はのけ者にされていると思いがちです。実際には、自分にもできることはあるので、耳鼻咽喉科でできることをやろうと考え方を変えました。救急とか数秒を争う職場では自分を生かせないので、自分のキャパシティを見定めてやっていくことが大切だと思います。私は楽観的で、どんなことがあっても自分で何とか乗り越えていくタイプです。怒られても物事を良いように捉える生き方の中で、これから医師を目指す若い人たちの話を聞いてあげるのも良いかなと思います。

難聴で医師を目指している若者に対して、何がアドバイスはありますか。

医師になっても、仕事が合わなかったり、気を使いすぎたりして疲れてしまう人もいるかと思います。特に大学病院とか総合病院では、いろいろな診療科との連携も必要なので、難聴の方はビクビクするかと思います。タイムラグが生じて面倒臭い、何度話をしてもわからないと誤解されるなど、コミュニケーションの難しさはあります。どこの病院もコミュニケーションは特に求められます。少し小さい病院であれば難聴のことを理解していただけますが、大学病院レベルの病院になれば理解してくれる人も限られてきます。自分から積極的に対策を取れる人は大きな病院でも良いかと思いますが、できるだけ周りの人に理解してもらい、ゆっくりとマイペースで勉強したい場合には中小病院を選択するのも良いかもしれません。大学病院レベルであればもちろん勉強になります。最終的には、働きたい病院で何を一番学びたいのかが重要と考えます。一人ひとりに合った働き方を見つけることが大切です。

最後になりますが、何か大切にしている言葉はありますか。

「一日一生」という言葉です。明日死ぬかもしれないのだから、一日を一生懸命生きろということです。本当にやりたいという強い志を持ち、時間がかかってもいいから、自分でやりたいことを一生懸命にやっていけば、ぼやっとしていた夢も明確なものになってきます。努力した分だけ、自分の夢に近づけていくというのがベストだと思います。夢を持っているだけでは、実現されるものではありません。私自身、みんなが社会人として働いている時に、自分だけ勉強していて虚しい感じもしましたが、遠回りしたけれど一番やりたい仕事をやれて、今はやりがいもすごくあります。

耳鼻咽喉科の医師になったことで、夢は叶えられたということですか。

夢は叶えたけれど、今はまた別の夢があります。コミュニケーションの点では、最初から聞こえない子供が一番大変です。補聴器である程度聞こえる人や中途失聴者の場合は、言語をある程度獲得できますが、聞こえなければ真似することもできず、言葉を話すこともできなくなります。言語獲得ができているのとできていないのとでは、全く違います。言語獲得ができないと手話になってしまい、閉鎖的な社会に生きていくことになります。世界が限られてしまうことは、とてもかわいそうなことです。だから、先天性難聴でも早い段階で補聴器や人工内耳を付け、少しでも言語獲得ができるようにして、やりたいことをエンドレスにやれるようにしてあげたいというのが、今の私の夢です。

小さい時に言語獲得できるようにしてあげることが大切なのですね。

私のように3歳からだと本当は遅いのです。相当な訓練が必要になります。もっと早くから補聴器をつけて、補聴器を調整したほうが、みんなと同じレベルになります。私の場合は、両親がすごく言語訓練をしてくれたので、こうして発音することができますが、普通だったら発音も悪くなっていたと思います。

今の時代は、そういうことがきちんとできるのですか。

医師、言語聴覚士やお父さんお母さんの考え方次第かと思います。

言語獲得の機会があることを知らずに言語獲得の機会を失うことがないよう、支援していきたいということですね。

そういう役割はたくさんあると思います。まだ専門医も取っていませんから、今は普通の耳鼻咽喉科医として一人で何でもできるようになるのが最低の目標です。

それから耳鼻咽喉科の専門医の資格も取るのですね。

最終的には、小児の難聴のスペシャリストになりたいと思っています。

それは小児科のサブスペシャリティですか。

そうです。その中で、私のように医師を目指したいという子供が出てくるのが、一番の幸せかと思います。自分が治療した子供さんが元気で育ってくれるのは、嬉しい思いです。そのためにも、難聴についての対策をもっとアピールしていこうかと思います。講演会も積極的に受けていますし、原点に帰る瞬間でもあります。

是非、その夢も叶えてください。本日は有難うございました。

(2019年12月収録)