Doctor's Network

"夢をつなぐ" Doctor's Network

Masao

名前Masao
所属民間病院
診療科整形外科
障害の内容四肢不全麻痺
障害の発生時期医学部在学中・医師になってから

これまでの経緯(医師になる前)

医学部5年生の時に特発性大腿骨頭壊死症を発症し、手術。免荷が必要な時期が長期にわたり、両側性なので繰り返した。松葉づえを使う時期はポリクリで支障があった。
特に手術室に入るのには「来なくてもいいのに」と露骨に言われ、「出なくても単位はくれるんですか?」と食い下がった。手術室見学では松葉づえをついて壁際に片足で何時間も立ちっぱなしだった。エレベーターのない環境(大学の図書館内など)では松葉づえで階段も上り下りしていた。学外の病院に実習に行くのには自転車がつかえない、バスがない(田舎なので便がない)、車は持っていない状況ですごく困った。運のよいときは同級生が車に乗せてくれたが、気兼ねだった。たいていは時間をかけて松葉づえで歩いた。入院期間は実習が受けられず、単位を取るのが綱渡り状態だった。講義のノートなどは同級生が貸してくれたのである程度は自習出来た。
研修医になってからは(現在のような臨床研修制度でのカリキュラムの縛りがない時代だったので)各科のローテーションを歩行能力に合わせて負担が少なくなるように配慮してもらい、本来の整形外科志望に必要最低限の研修が組めるように配慮してもらえた。主に麻酔科で基礎的な手技・救急対応・全身管理を習得した。麻酔科は手術室やICUに場所が限定されるのであまり歩かなくて済むバリアフリー環境.。大腿骨頭壊死症は最終的には人工関節置換した。初期研修後は整形外科に所属。比較的座ってできる手術が多い手外科分野をサブスペシャリティにした。整形外科専門医資格も取得した。医師になって20年目でサルコイドーシスを発症、最初に右上肢麻痺になってからは片手動作利き手交換して残存機能を駆使し器械にも工夫しながら手術にも入っていた。得意分野であった手外科の細かい手術・マイクロサージェリーは巧緻動作ができないことと複視のためできなくなった。下肢の麻痺が出てからは、立ち仕事ができなくなり、車いすを使っての業務。麻酔科の経験を生かして手術麻酔と整形外科外来診療をした。全身麻酔をかけるときは患者さんを手術台に乗せるのでなくストレッチャーに乗ったままの状態で導入し挿管していた。この高さであれば麻酔医は車いすに座っていてもできる。但し患者さんを移動する際のスタッフの負担が大きくなってしまう欠点もあった。手術室内専用の小回りの利く車椅子を購入してもらった。配線や配管が床に大量にある環境なのでうかつに動き回れないのは車いすにとっては不利。物品をしっかり手元に確保し、慌てて取りに行かなくて済むように手術の流れを予測し先を読む努力をした。病院での当直業務:ひとり当直では患者様の急変に物理的に対応しきれないので、免除してもらった。自分の病状が不安定で急性増悪を繰り返していた時期に、常勤でなくパートタイムへの転向を通告され、常勤を引き続き希望したが当直・入院患者を一定数受け持つこと・外来単位に穴をあけないことを求められ、それができなければ非常勤と言われた。週1回半日という条件提示をされた。生活できないので転職することにした。ハローワークや医師向けの転職斡旋業者を使って探したが地方都市では通勤が現実的には対応な医療機関ばかり、しかも専門性やスキルは活かせない。最終的には新聞広告で見つけた病院に面接を受けに行って、常勤で整形外科専門医として採用してもらった。業務内容は外来診療(整形外科、ペインクリニック)と地域包括病棟入院患者の受け持ち、研修医の教育など。学術活動(学会発表や論文作成)に時間をかけることができる。教育研修病院であることから、評価される。手術や救急は現在は行っていない。病棟でナースステーション内のスペースが狭くて車椅子では動きにくい。患者さんの病室も奥に入れない。職員用のトイレが健常者向けのものしかなく使えない。職員出入り口のドアが引き戸でなかったので重いため車椅子では通れなかったが改修で自動ドアになった。

医師として働く上での工夫や配慮

難病の治療は免疫抑制剤や生物学的製剤を使って安定してきてはいる。急性増悪がほとんどなくなったので治療と就労の両立は現時点ではできている。ステロイド性骨粗鬆症があり脊椎圧迫骨折を繰り返してしまう。断続的な休業が発生してしまい、周囲の医師に負担を強いることになってしまう。普段から気を付けるのは突然休んでも引き継ぐ人が困らないようにカルテはわかりやすくもれなく記載すること。車椅子で院内を移動する際にはかなりのスピードが出てしまうので患者さんやスタッフの安全に配慮して減速するようにしている。こちらがアクセスできない場合は患者さんに来てもらう。他病棟入院中の患者さんを診るときには整形外科外来に降りてきてもらう。車椅子ではリーチ範囲の制限があり届かないスイッチや取れない物品がある。早めに伝えて準備する。エレベーターが込み合うと目的の場所に行くのに時間がかかってしまうので余裕をもって早めに行動。手指が不自由な分パソコンの入力に時間がかかるので設定を工夫、入力を省力化する。得意な分野・できることをアピールする。ライセンスが必要な特定の薬剤は極力ライセンスを取得しておく(ボトックス、エピペン、医療用麻薬)。学会には積極的に参加する。発表に際しては事務局に障害に対応するよう条件を伝えて調整してもらう。立って演台に向かってパソコン操作ができないので低い位置に設置してもらう、マイクスタンドを使う、ポスターセッションでは掲示を手伝ってもらうなど。所属機関が日本整形外科学会の専門研修施設ですので研修指導責任者の後継となるため医学博士号を取得する目的で大学院に社会人入学しました。現在山口大学大学院公衆衛生予防医学講座に籍を置いています。

医師を目指す方や医師を続けることに不安を感じている方へのメッセージ

障害や難病があるということは患者さんや障害のあるスタッフの抱える困難を真に理解できる立場にあるという幸運でもあります。患者さんから信頼され本心を語ってもらえるのは健常者よりも早いです。但し職能の面ではスタッフにも患者さんにも不安を持たれないようできることできないことははっきりさせておくことが最重要です。使える人と認められるためにスキルはたくさんあったほうがよい。直接関係なさそうなことでもいずれ役に立つ。病気で休業期間もチャンスになる。たとえば語学を磨いたのは役立ちました。必要とされるシーンは無限にあります。自分に厳しくなると、頑張れない状況にある人(患者さん)にプレッシャーをあたえたり、健常者がやるようには同情的にならず突き放してしまう怖い面もあります。障害を克服するという発想はよくないといつも思っています。誠実にできるときにできることをできるだけやる。人間としての基本姿勢さえあればよいのです。